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ジェームズ・キャメロン

カナダのオンタリオ州カプスカシング生まれ。父は電気技師、母はアマチュア画家。幼い頃から母に芸術面を応援され、美術には才能を見せていた。15歳の時に、『2001年宇宙の旅』を見て、自作の宇宙船やプラモデルを使い、16ミリカメラなどで実験映画を撮り始める(『2001年宇宙の旅』は映画館で10回も見たという)。7歳の時カリフォルニア州オレンジ・カウンティに移り、カリフォルニア州立大学フラトン校に入学。当初は海洋生物学と物理学を専攻していたが、トップになるには数学の能力に欠けていることを知り、英文学に変更する。2年後、大学を中退し、惚れ込んだ地元のカフェのウェイトレスと結婚、小さな家に移り住む。トラック運転手をして、分相応の暮らしをしていたが、1977年に封切られた『スター・ウォーズ』に嫉妬を感じ、再び映画制作に没頭する。そして友人と共に1978年、35ミリの短編SF『Xenogenesis』を制作する。この短編がきっかけとなりロジャー・コーマンのニュー・ワールド・ピクチャーズに入る。
いくつかの作品を手伝ったのち、『殺人魚フライングキラー』を監督するが、周囲の無理解と低予算に苦しめられ、作品も不本意なかたちで上映されてしまう。しかし失意のどん底で作り上げた低予算のSFアクション映画『ターミネーター』が世界中で好ヒットを記録。世界の映画ファンにその存在を知られることになる。その後、『ターミネーター』のヒットを受けて制作を依頼された『エイリアン2』が、また大成功を収め、全世界で1億8000万ドルの興行収入をあげる。途中、深海を舞台にしたSF映画『アビス』で不振に悩まされるも、1991年、自身が監督した映画『ターミネーター』の続編『ターミネーター2』が大ヒットして、全世界で5億6000万ドルの興行収入をあげる。さらに1997年、アカデミー賞11部門を受賞した『タイタニック』が世界映画史に残る大ヒットを記録。『タイタニック』の全世界興行収入18億3000万ドルの記録は、いまだ破られていない。
1990年代前半に、制作会社「ライトストーム・エンターテイメント」とSFX会社「デジタル・ドメイン」を設立。私生活ではプロデューサーのゲイル・アン・ハードと1985年に結婚、1989年に離婚。直後にキャスリン・ビグローと1989年に結婚、1991年に離婚。リンダ・ハミルトンと1997年に結婚、1999年に離婚。スージー・エイミスと2000年6月に結婚。

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関連まとめ 離婚
最終更新日 2010-01-03 13:21:17
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